望遠鏡の日について!リッペルハイってどんな人?
10月2日は望遠鏡の日。
うちにもあります、望遠鏡。
子供が夜空の観測をするのが好きなので、以前プレゼントしたことがあるんですね。
空に輝く星が、望遠鏡で大きく見えたときのうれしさったらないですよね~。
さて、望遠鏡の日がなぜ10月2日なのか。
これは、1608年のこの日、オランダの眼鏡職人だった、ハンス・リッペルハイが、オランダ総督に望遠鏡の特許を申請したことによります。
望遠鏡は、その前からも作られていたようですし、リッペルハイと同時期に、望遠鏡を申請した人もいました。
望遠鏡の日が誕生するきっかけになった、リッペルハイってどんな人なんだろう?
ハンス・リッペルハイと望遠鏡
リッペルハイは1570年、ドイツのヴェーゼルで誕生しました。その後オランダのミデルブルフに移り住み、眼鏡職人として生計を立てていたようです。
リッペルハイは、1608年に望遠鏡を申請しますが、望遠鏡は、それ以前から存在していました。
一番古いのは、ナポリの医師であり学者のジャンバッティスタ・デッラ・ポルタという説。
ポルタは、自著「博学史」で、1589年に望遠鏡について記述しています。
1604年、オランダの眼鏡職人サハリアス・ヤンセンが、イタリア人が所有していた望遠鏡に真似たものを作りました(サハリアスは、父ハンスとともに、すでに顕微鏡を発明済み)。
これが本当だったら、リッペルハイが望遠鏡を発明した初めの人、というわけではないんですね。
リッペルハイが申請した特許は許可されませんでしたが、その背景にはいくつか「ごたごた」がありました。
1.メチウスも申請していた
オランダのJ.アドリアンスゾーン・メチウスは、地理学者で天文学者で、大学で教鞭をとっていました。メチウスが申請した日は1608年10月14日。
リッペルハイが申請した日とは10日ほどしか違わないんですね。
望遠鏡を申請した日が近いということで、どちらにも許可はおりなかったんです。
でも、メチウスが作った望遠鏡よりも、「kijker」という2枚のレンズを組み合わせて作られたリッペルハイの望遠鏡のほうが高く評価され、商業的に成功したのはリッペルハイの方でした。
申請した日は遅かったものの、メチウスは自分の望遠鏡を2年前から改良し続けていたということで、この結果に、メチウスがどれだけショックを受けたか想像に難くないですね。
2.サハリアスの息子に訴えられた
サハリアス・ヤンセン息子のヨハネス・ヤンセンは、後にリッペルハイの望遠鏡は、父親の盗作と主張しました。サハリアスさんもすでにある望遠鏡を真似て作ったというので、望遠鏡を発明した初めての人というわけではないようですが(望遠鏡を最初に発明した人、とみなされてる場合もある)
自分たちが作ったものを、さも自分が発明したかのように作って申請されたらやっぱり頭に来ますね。
でも、望遠鏡の特許申請を、誰よりも早く行ったのはリッペルハイ。
なかなか合理的で抜け目のない人物だったのかもしれませんね。
リッペルハイからガリレオに
リッペルハイが作った望遠鏡は、当時大ヒットしました。そして、その望遠鏡を自分で改良して(1609年)使ったのが、かのガリレオ・ガリレイだったのです。
ガリレオは、地動説など天文学に多大な功績を残した人物。
そのガリレオに、リッペルハイの望遠鏡が不可欠だったと知ると、ますます「リッペルハイはいい仕事したなあ」と、思わずにはいられません。
厳密に言ったら、リッペルハイは望遠鏡を初めて発明したわけではありませんが、望遠鏡を作り、その特許を申請したということで、他の人より抜きん出ていた部分がありました。
望遠鏡の日は、このリッペルハイを記念していますが、記念日にふさわしい人だと思います。
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